イエメン

『カート』なるもの。

イエメンを旅して、印象に残るものの一つが『カート』です。

『カート』は、アカネ科の植物で、アラビア半島からアフリカにかけて使用されています。(今では、イエメン以外のアラビア諸国は厳禁!)
これには穏やかな麻薬性があり、カフェイン等を含んでいます。でも、麻薬性とはいっても、常用性がないと言われているため、イエメンでは合法的に売られているのです。
イエメンでは、『カート・スーク』があり、そこまで行かなくても、道路沿いでよく『カート』を販売しています。(イエメンのドライバーさんは、毎日、買っていました。)Photo

その使用方法はと言うと、『カート』の若葉をどんどんと口の中に入れていきます。そして噛み砕きどちらかの頬の内側に溜め込んで行きます。ただ、それだけ。。。
この噛み砕いた若葉からでる樹液が人体に軽い覚醒作用を引き起こすのです。

この、覚醒作用に眼をつけたのがイスラム神秘主義者と言われています。神秘主義のような宗教儀式にはトランス状態が必要なのかもしれません。。。
最近、南米では『コカインは違法、でもコカは合法!』のようなポスターがあると聞きました。南米(ペルー等)ではコカ茶を飲用(葉っぱを直接噛む人もいるらしい。)するのですが、全て違法だ!と言われることへの抵抗のようです。(もちろん、日本では全て違法ですよ。)Coca

『カート』を噛む習慣はエチオピアやケニア等でも見られるそうです。エチオピアでは『チャット』、ケニアでは『ミラ』と呼ばれています。
調べてみると、この『カート』はエチオピアが原産のようです。そこからイエメンを経てアラビア半島に伝わっていったのでしょうね。
同じくして、コーヒーもカフェインを含むものですね。これも、エチオピアとイエメンはコーヒーの有名な産地です。何か共通点はあるのでしょうか。

イエメンでは日常生活に欠かせないものです。毎日のように、昼食後、何時間も『カート』を噛み続けています。一人で『カート』を噛むことはまれで、『カート』を噛む際には「マフラージ」と呼ばれる『カート・パーティー』の部屋に人々が集います。Photo_2

しかし、今、イエメンではコーヒーよりも現金収入になるコーヒー畑が、この『カート畑』にどんどん代わっていっているようです。

皆さんもイエメンを訪れたら、まずこの『カート』を試してみては如何でしょうか?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

テロが起こった。。。

外務省の海外渡航情報メーリングサービスから次のような情報が送られてきました。

『1月18日午後1時半頃(現地時間)、イエメン東部のハドラマウト州のドアン・ワーディ(ムカッラ市からシバーム市に向かう途中の観光ルート)で、過激派の集団が団体旅行中のベルギー人旅行者の車列を銃撃し、ベルギー人旅行者2人、イエメン人運転手2人が死亡したほか、ベルギー人旅行者1人及びイエメン人ガイド1人が負傷しました。』

Photo ここは、昨年のイエメン旅行の際に通った道。あの砂漠の摩天楼都市「シバーム」からアラビア海に面したムカッラに向かう幹線道路です。
途中の風景はと言うと、黒装束に山高帽を被った女性が農作業をしているのどかなハジャレイン村があります。 偶像崇拝を禁じているイスラムの影響か、極端に写真を嫌います。(イエメン人の女性は写真を嫌いますが。。)ここは極端で、写真を撮っているのを見つかると”石を投げてくる”ぐらいです。
また、その南にはボクシャン村があります。ここは、今回のテロにも関係していると言われるあの、「アル・カイーダ」を率いる「オサマ・ビン・ラーディン」の生家のあるところです。

P1010884 このテロを受けてかどうか、ビンラーディンの息子が、一般市民を巻き込んだ無差別テロの停止をビンラーディンに呼び掛けたそうです。

今、テロはどこで起こってもおかしくない状況にあると思います。

今までに、「イラク空爆」をアメリカで聞き、「9.11テロ」の翌日にエジプトへ出発、また、トルコから帰国した直後、イスタンブールの銀行とシナゴーグが爆破され、チェコでは出発直前にプラハで手榴弾爆発と。。。

いつも「渦中の人」にならずに済んでいますが。。。

イエメンへの日本人旅行者は、2006年 で 2,408人。もっとイエメンの良いところを知って貰えたらと思っているのですが、これでしばらくは減るのかな。。。

世界が平和であって欲しいと思いますね!Img_0245

| | コメント (4) | トラックバック (0)

半月刀

 イエメンでは『ジャンビーア』と呼ばれる短刀を腰からぶら下げている人を見かけます。
 この、『ジャンビーア』は「アシーブ」と「トゥーザ」の2つの種類に分かれるのだそうだ。
 イエメンの部族民は、クルアーンが刺繍された幅広のベルトに、先端が大きく曲がった「アシーブ」と呼ぶ、ジャンビーアをしています。Img_0002_16
(僕が買って帰って来たのもこのタイプ)
 もうひとつの『ジャンビーア』、「トゥーザ」はイスラーム法学者や預言者ムハマンドの子孫(らしい)が、同じようにクルアーンが刺繍された幅広のベルトに先端のカーブが緩い『ジャンビーア』をしています。
P1010542_2

                               

                            

                              

                                         

 この、『ジャンビーア』の鞘や刀の柄で家柄や富裕度が判るらしいのですが、最近、強盗絡みの盗難も少なくないらしい。
 『ジャンビーア』の柄の部分はサイの角が最良品とされていますが、最近では牛の角製が多ようです。イエメンのアデンタンクでジャンビーアを売っていたおじさんは、柄の部分にライターの火を当て、「燃えないから本物だ!」と言っていましたが、プラスティックではないけれど、サイか牛かは分かりませんね~。P1020123

 鞘の部分はというと、枚の木をあわせて上に皮を張ったものです。ユダヤ系イエメン人の職人が細工した銀細工を張り合わせたものが一番いいとされています。
 ちなみに「アシーブ」は皮の上から細い革ひもを巻き付けたものが多く、「トゥーザ」は銀細工のものが多いそうです。

 お隣の国、オマーンはと言うと、同じような半月刀があります。オマーンではハンジャルと言います。イエメン東部のハドラマウト地方の『ジャンビーア』に似た形をしています。 元々、「シバ大国」では同じ国だったからでしょうかね。
 オマーンの国章は、ハンジャルを、二本の交差した剣の上にあしらったものです。

A9  このシンボルは1746年からオマーンの伝統的なシンボルとして使われていて、オマーンの国旗の左上隅にあるのをはじめ、オマーンの貨幣、切手、航空機や空軍機などあらゆる場所で使用されています。

 

曲刀について、もう一つ。
 ヨーロッパには半月刀とまではいかないまでも、シミタールという曲刀がありました。シミタールは東欧の地域で広まっていたようです。
 また、今でも、ヨーロッパでは紳士の嗜みとして、ナイフを持ち歩く人がいるようです。(決して護身用で無いので念の為。。。)

 今ではそこまで用が無いのかも知れませんが、出先で ワインでもと思ったときにワインを空けれないようでは紳士として恥ずかしいし、果物を食べるとき、お連れの女性に「このまま食べてね~」なんて言えない文化なのですね。

世界中で男性はこの『刀』に何を見ているのでしょうか。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

乳香。。。

乳香って知ってますか?
(中東諸国に行った方ならご存知ですよね。)

 乳香はアラビア半島が原産の香料で英語ではフランキンセンス、ラテン語ではオリバナムと呼ばれています。アラビア語では、Al-Lubaan(アルールバン)となります。
 カンラン科の樹木から採れる乳白色の芳香性の樹脂で、古来より神聖な香として祭壇や寺院で用いられてきました。ウッディーでほのかにレモンに近いスパイシーな香りで、焚いて香として、または香水などに使用する香料の原料として利用されています。
 産地は、アラビア半島南端のドファール地方(オマーン)~ハドラマウト地方(イエメン)および対岸のソマリアなどです。
 ここに、自生するボスウェリア属の樹木に傷をつけ、その樹皮から分泌された樹液は、空気に触れると乳白色の涙滴状の塊となるので乳香の名がついています。180pxfrankincense_20051231

 乳香の主成分は、ボスウェリア酸で水には溶けないものです。薫香にすると、心を平静にする作用が働くとも、テトラヒドロカンナビノールが発生するので、大麻の幻覚作用を起こす成分と同じとも言われています。(心を平静にする程度だからきっと微量だろう。。。)

 また、殺菌作用があって、没薬と併用されることが多いそうです。※没薬はミルラと呼ばれていてミイラの語源になった言葉です。乳香は紀元前40世紀にはエジプトの墳墓から埋葬品として発掘されているので、このころにはすでに焚いて香として利用されていたと推定されています。 古代エジプトでは神に捧げるための神聖な香として用いられていたようです。

 古代のアラビア諸王国のひとつ、シバ王国の領土は今のイエメンとほぼ同じらしいです。現在も乳香と没薬の産地であるオマーンの西端のドファール地方~イエメン東部は、このシバ王国の領土であったということ。
 旧約聖書とクルアーンには、シバの女王(シバ王国)とソロモン王(ユダヤ王国)の会見が記されています。この時、シバの女王は、ソロモン王に乳香を進呈しているのだ。

 シバ王国は、乳香(フランキンセンス)と没薬(ミルラ)の事実上の独占販売を行っていました。同量の金の価格よりも乳香は高価だった、といわれています。すごい!

 海のシルクロードの最終地点がイエメンです。ここから陸路で物品が運ばれました。絹・金・香料など物品に関税を課し、乳香の利益も含めて、シバ王国が最も繁栄した時であったそうです。古代ローマ人はシバ王国(イエメン)を「幸福のアラビア」The Arabia felix と呼びました。

 日本では754年、鑑真(唐の僧)が仏教の祭祀用として持ち込んだのが最初(らしい)。「法華経」のなかでは薫陸香として登場しています。Img_0006thumb1

 如何ですか乳香。ぜひ、中東を旅して乳香の香りを嗅いでみて下さいね。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

Yemenその9

  8月11日(土)  サナア⇒ドーハへ

08:55にホテルを出発今日は最終日。国立博物館に寄ってみる。 
09:00。5分で到着。国立博物館はタハリール広場のちょっと先、開館を待って入場。博物館は、旧イマーム宮殿ベイト・サアダ(幸福殿)であったそうだ。Img_03151

1階:考古学の部屋。 ヒムヤル王国の二人の王ブロンズ像(ローマ様式)が展示してある。AD3世紀のものらしい。また、アラバスター(雪花石膏)製ヒムヤル王国碑文(月の神殿より)や香炉などが展示していた。また、2階に通じる階段は写真展を行っていて100年前のイエメンの写真がある。100年前と大きく変わっているような変わってないような。。。Img_03162
P10201161

2階:シバ王国神殿復元模型がおいてあるが写真撮影禁止!また、ヒムヤル王国、シバ王国、 マアイン王国の出土品、石碑(南アラビア文字、サバ文字など)、アクセサリーが展示してあった。

3階:イスラム時代の碑文、武器、コイン、オイルランプが展示されている。

4階:ライオン剥製、各地の民家、花嫁、民俗衣装、工芸品などがある。 Img_03181

国立博物館。。。ふ~んって感じ。特にすご~いというものはなかったが一度は行ってみてもいいかも。

ということで再びイエメン門へ!旧市街を散策する。やっぱりスークが楽しい♪。P10201232

P10201181スパイススーク、木工スーク、果物スーク、雑貨屋スーク、ジャンビーヤスーク、金銀スークと色々あって見てると色々欲しくなる。。。

干しぶどうスークがあった! でもどう見てもキロ売りしているよう。どうしようと考えながらガイドブックを取り出し見ていると、スークのおじさんが寄ってきた。ガイドブックを興味津々で見ている。また、別のおじさんが来た。本がまわし読みされている。どうもサナアの写真が気になっているよう。 そうすると、本を見たお礼に干しぶどうを両手にいっぱいくれた!ラッキー♪ また、カメラケースにまで干しぶどうを入れてくれた!

P10201241 気を良くしてスーク散策を続ける。大モスクを通り、香炉スーク、サルタ鍋スークを過ぎたところで、イスラム教伝導師が日本語パンフを配布している。パンフとCDをもらいお土産にする。

ここで昨晩訪れたワディ・サイラ川(道路)の広場からアルマハディモスクを見る。Img_03231

どうもここは野外劇場のよう。。。 Img_03221

12:50。昼食にしよう、今日はアラビア・フェリックスツーリストホテルのテラスで、サラダ、ミックスグリル、バナナ・ブドウ、コーヒーと紅茶です。

紅茶の話を少し。

世界中で有名なのはLiptonです。アラビア諸国でもLiptonたくさん飲まれていて以前Egyptにもありました。

でも・・・ここイエメンにはLiptonならぬYementonなる紅茶があります!(これはLiptonのばったもんか?)

ということで、証拠写真を載せておきます。 Img_0013

Yementonのお茶うけにはデーツの餡で作った洋菓子。

そう、その7で出てきたTamaraです。アル・ホダスーパーで

24個いり200YRでした。

Img_0011

だんだんイエメンでの残り時間が少なくなってきた。一旦ホテルの戻ることにする。

さっきのスークでお気に入りが見つからなかったものが香炉と炭。。。ということで、ホテルの裏通りから約10分位のアル・ホダスーパーに行くことにした。残り時間あと1時間。

Img_0006 スーパーで香炉をGET!しかし、炭が高いので路地をウロウロすることにした。が・・・。

少しの買い物だけの予定で出たので地図を持って出ていなかった・・・。そう、路地で迷子になったのだ~。 焦る・・・。 そこらじゅうの人に聞いてもわからない。 どうしよう・・・。焦れば焦るほど深みにはまっていくようだ。ホテルを聞いても、タハリール広場を聞いても皆違う答え・・・。

んっ。向こうから若いカップルが来た!英語で聞いてみる。ホテルを知っているようだ!ラッキー♪。 そうして無事にホテルに戻ってくることが出来ました♬。

さあ、チェックアウトだ!

P10201461 16:30。サナア国際空港に到着。いよいよ楽しかったイエメンを出国します。

18:55。カタール航空QR455便、約2時間のフライトでカタールのドーハへ。

21:25。ドーハに到着。セキュリティーを通り、ゲートへ。そして、23:45。カタール航空QR820便は日本に向けて出発したのであった。P10201471

8月12日(日)  ドーハ⇒大阪
15:55(JST)。大阪の関西国際空港に到着。入国審査、通関後帰国と相成りました。(お疲れ様でした!)

最後に
イエメンはアラビア半島の南端にあります。イエメンのある地域は、ヨーロッパの人々から「幸福のアラビアArabia Felix」と呼ばれていましたが、現在アラブの最貧国といわれています。他のアラビア諸国に比べて、首都に近代的な高層ビルがありません。その分、人々の暮らしは伝統的な生活様式を守り、「ここぞアラビアの中のアラビア!今でも幸福のアラビア!」って感じを受けました。ぜひ、機会があればもう一度訪れてみたいですし皆様もどうぞ行かれてみては如何でしょうか。

インフォメーション
国名:イエメン共和国(Republic of Yemen)
国歌: Abdulla Abdul Wahab Nomanの詩にAyob Tarishが曲をつけた国歌が1990年に作られた。
元首:アリ・アブドラ・サレハ大統領 Ali Abdullah Saleh
政治:共和制
面積:55.5万平方キロメートル(日本の約1.5倍弱)
人口:約2,100万人(2005年)(日本の約6分の1)
首都:サナア Sana'a
民族:アラブ人(他にインド系もいる)
言語:アラビア語
宗教:イスラム教

■ATG-gate to  yemen

(サナアの旅行社:今回のドライバーさんたちが所属)

http://www.atg-yemen.com/index.html

■カタール航空HP

http://www.qatarairways.com/home_eng.html?linkdes_0

■イエメニア航空HP

http://www.yemenia.com/new2/Default.htm

| | コメント (2) | トラックバック (0)

Yemenその8

  8月10日(金)
   サナア⇒ワディ・ダハール⇒シバーム⇒コーカバン⇒スーラ⇒サナア

08:10。ワディ・ダハールに向けてタージシェバ・ホテルを出発! 
P1020005

08:35に ガベール村の手前で停車。ガベール村のパノラマと遠くにロックパレスが見える!

再び、車を走らせ、08:40にガベール村に到着。昔の円塔の上に家を建てた塔の家がある。とりあえず写真をパチリ!Img_02581s

08:55にロックパレスの手前で下車。ワディ・ダハールが目の前に広がる。ここからは、ロックパレスに徒歩で近づいていく。カート、マルメロ、ザクロなどの畑の中を歩いていく。

Img_0265 途中にハマム(公衆浴場)があった。入浴料200YR。入浴はしないが中が見たいので、入らせてもらうことにした。入口から階段を下りるとまず、脱衣場⇒マッサージ室⇒スチーム室をなっている。
スチーム室は、奥に行けば行くほど温度が高くなる!最後の部屋はとっても暑い。そして湿度が高い! やっ・・やばい! カメラレンズが曇ってきた。。。 出るとしよう!P10200171

ふ~。 外に出ると外がとっても涼しく感じる♪

09:30。ロックパレス入場見学。入口には猫が並んで出迎えてくれている。中の階段ではジャンビーアダンス音楽(?)の演奏中であった。別館のマフラージュを見学する。噴水のある中庭からマフラージュを覗く。また、外を見るとワディ・ダハールのパノラマが目の前に広がっている。Img_02741s

P10200291_3

ロックパレスの中は迷路のようだ。上に行くには階段をかなり登る。今日は金曜日、見学者で賑わっている。狭い階段で行き違うのは大変!

Img_02811sうえには古代の洞窟墓があった。ここからは外の景色が良く見える。また、井戸、台所、イマームの部屋、女性の部屋と続いていた。各部屋にはステンドグラスの入ったカマリア窓がありとても綺麗です。

一通り見て周り、下に降りて見るとパレス出口の外に売店があった。ここでついにイエメンに来てからず~っと欲しかったジャンビーアを買った♪(小さめのやつです。)Img_0002

パレスの外、(ジャンビーアの演奏があったところ)に人だかりができている。おっ。男たちがジャンビーヤダンスを踊っている。しばし見入ってしまう。

しばらくしてジャンビーアダンスが終了したのでロックパレスを後にし、出発することにした。
10:50。しばらく走ると、ワディ・ダハールの卓上台地の上にでた。ここからロックパレスとワジのパノラマが見える。それでもって、すごい人!

P1020034今日は金曜日。ピクニックに来ている家族でいっぱい。ここでも、ジャンビーアダンスを踊っている。さっき買ったジャンビーアを持って踊りに参加させてもらうが、我ながらリズム感がない・・・。トホホ。かっこ悪~い!
金曜日は結婚式が多いので、花婿と家族が踊りに来ていた♪

              
12:15。ジャル・サィード村に到着。谷間に崩れた家や畑、墓地がある。ここはワジの合流場所ということらしい。
12:30。本日の 昼食はハメダ・ツーリストホテルとなった。階段を登り、上のマフラージュに靴を脱ぎ座る。ここはとっても見晴らしがいい!マフラージュのクッションに横たわり昼食が運ばれてくるのを待つ。P1020049

メニューは、パン、ライス、サルタ、牛肉煮込み、ムシャッカル(野菜煮込み)、ビンタアッサ(甘いパイ)、紅茶でした!

13:40。双子都市のシバームへ。シバームとコーカバン(アラビア語で2つの星という意味らしい。)は、互いに助け合う山岳イエメンの双子都市だそうだ。
到着後、 シバームを徒歩で散策する。 Img_02961s

金曜スークは開催していたが、昼の礼拝でほとんど閉店状態であった。残念。。。
P1020052

旧市街を歩いていると小雨が降り出した。

 城壁や岩の家、古代の文字が彫られた石がある。そして、岩壁には古代に住居や墓に使われた洞窟が見えている。また、遠くにはコーカバンのパ ノラマが見える。

さて、次は双子都市のかたわれ、コーカバンへ行こう!
14:25。ワディ・アル・ナイム(「楽園」の意味)で休憩。ここは、コーカバンに向かって登る途中の谷にあたるが、コーヒー畑はカート畑に変わったということ。イエメン人はとってもカートが好き。農地もコーヒーより収益の良いカート畑に変わっていっているという事・・・。

14:40。コーカバンまであと少し。イスラム墓地がある。 P10200651_2

Img_03021s 14:50。コーカバン城門前到着。手押し車のみやげ店が追っかけてくる。また、城門前には、シバームへ降りる階段道が残っている。

15:05。コーカバンの旧市街を抜けてシバームがみえる崖の端まで来た。ここは標高2900m。下のシバームは標高2500mだから標高差は400m。崖からシバームを見ると足が竦む。。。Img_03031s_4

この街は卓上台地にあるので、貯水池が使われていたそうだ。今も貯水池はあるが現在の水道設備は日本による支援で作られたもの。

ここは、風も涼しく景色も綺麗です。しかし、1962年の革命時に、イマームを支持したこの街はエジプトに爆撃されたということ。今はそのような感じはどこにも残っていないが。

そろそろ、次の街へ行こう。

16:05。スーラに到着。スーラは小高い丘の上に作られた街で山岳部族の村の典型的な形を目にすることが出来る。その構造は大変優れたもので16世紀オスマントルコがイエメンを支配していたときもこの村は独立を保っていたということ。

いよいよ、アル・ハディ門より旧市街入場する。ここには貯水池に手押し井戸があった。
旧市街にあるモスクは、サイッドモスク。またここにもハマム(公衆浴場)があった。

P10200861 また、古い民家の窓はアラバスター製の窓で作られている。このスーラにもユダヤ人の家がある。ユダヤ人の家の玄関にはダビデの星が刻まれている。P1020085

P1020090 スークを見て回る。観光客が余り来ないので物売りがすごい。この数十分が今日の売り上げを決めるのだ!(相手をしてると、とっても疲れた。。。)
サナアに戻ろう。

18:00。サナア市内に戻り、コ-ヒー店とスーパー、旧市街などへ繰り出す。本日も宿泊はタージ・シェバホテル。りっちだな~。
夕食を食べ終わり、早速、夜の旧市街へ!昼よりもちょっと人が少ないぐらいでやっぱり賑わっている。

P10201081 雨も降らずにもっているようなので、ぶらぶらと散策。オレンジのナトリウム灯に照らされてサナアのチョコレートハウスが綺麗に見える。

ちょうど、ズーベリー・ストリートとワディが交差するあたりから北にちょっと行くと広場があった。ここが、ベストビューポイント! 夜は開いていない場合が多いが、お願いして開けてもらう。
写真を撮るには撮っても綺麗。しばし、ここで夜景に見とれ、それからバーバルヤマンへ。

もう既に10:00を回っている。大丈夫か・・・。しかし、実際にバーバルヤマンに行ってみるといるわいるわこんな遅くても人がいっぱい!

P10201131まずバーバルヤマンの夜景をパチリ! それから、スークへ。 干しぶどうを探しに行く。

広場から入って奥に行くが、さすがに奥の方のスークは店じまいを始めている。あった!干しぶどう! 

店のおじさんと英語で話してみる。う~ん。とっても訛っている。(アラビア訛り)しょうがないので英語と電卓とシュワイア・アラビックで頑張るか!

干しぶどうには、1級品と2級品があるらしい。ならば迷わず1級品!電卓片手に値段交渉。

ようやく買うことが出来たが、私が持っていたオレンジ色でスケルトンの電卓をおじさんが気に入ったようで放してくれない。。。困った。持ってきた電卓はこれしかない!渡すと明日から値段交渉できないので、なんとか・かんとか言いながらやっとの思いで返してもらう。ふ~っ。

おじさんに手を振って、さあ!ホテルに帰ろう。明日はサナア最終日!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Yemenその7

8月9日(木) アル・ハウタ⇒ワディ・ドアン⇒アル・ラヤン⇒サナア

今日も朝から快晴だ!今日はいよいよサナアに戻る日。

06:50。ランドクルーザーでアルハウタ・パレスホテルを出発。ワディ・ドアンを南に向かう。しばらくして摩天楼都市シバームの横を通過する。もう帰るとなると、何か寂しい気分だな~。。。

Img_02341 途中の道路で山高帽黒装束の女性が野良仕事している! が・・・、写真をいやがる。(車窓に隠れて撮ってしまえ!ゴメンナサイ。)P1010866

                                                                                                                   

   ここでワディ・ドアンとは、ワディ・ハドラマウトにあり、南北に約100km続く渓谷。雨期に雨が流れ込むワジは、水脈があり灌漑されている。ナツメヤシがたくさん栽培されており、デーツ(ナツメヤシの実)が収穫を待っていた。

08:20。ハジャレイン村が見えてきた。西側道路より日干しレンガの高層住宅群を見る。

08:30。ハジャレイン村の南側ワディより写真撮影。ハジャレイン村の人口は約7000人ぐらいとのこと。ハジャレイン村には新旧の村がある。出稼ぎ御殿(海外に出稼ぎに行き成功した人々の建てたもの)が見える。Img_0248

Img_0246

                                                                                                                      

                         

                       

 09:20、走り始めてから約2時間30分。シーフ村手前のガソリンスタンドで休憩。トイレと売店がある。売店でデーツの実を餡にしたお菓子が売っているので買って食べてみた。意外とあっさりとした甘さでうまい!ドライバーさんにもおすそ分け~。

09:40。シーフ村のパノラマが見えてきた。ここにも出稼ぎ御殿がある。

10:00。ランドクルーザーは、急な坂道を駆け上る。さすが、日本が誇る4WDだ。やっとのことで卓上台地の上にでた。すごい!ワジが普通の大地と思ってたのが、ここに登ってみると卓上台地が元々の大地で、ワジはほんとに川底だったんだな~って思います。

卓上台地の端っこで停車。ここから、ワジとブッダ村のパノラマが良く見えます。P1010876

ドライバーさんたちはカーオーディオの音楽に合わせてジャンビーヤダンスを踊り始めた。

10:45。ハイラ峠にさしかかる。ここは標高1000m。 ボクシャン村のパノラマが見えるところ。

                     P1010884                 

 ボクシャン村のボクシャン氏はイエメン一の富豪だって。サウジアラビアで成功し、学校や病院、道路を建設したとのこと。さすが金持ち。奥にはカラフルなボクシャンパラス(ホテル)がある。
ちなみに、オサマ・ビン・ラディン氏の出身もこのワジの中だって。。。

11:30。ラス・フエイラで幹線道路へと戻る。ドライブインで休憩。トイレと売店に立ち寄る。P1010888

Img_0255                                

                         

                        

                        

 12:40。アブダラ・バハリブ峠を一気に下るとチェックポイントがあった。ココナッツ売っている。

13:10。アル・アインに到着。ゴマを挽くらくだは休憩中。

P1010900アル・アインのナジブレストランで昼食にした。ここは、ホントに地元の人々が利用するローカルな食堂でした。遊牧民のベドウィンの人々も車座になって食事をしており、また、ドライバーさんたちも同じように食事をしていたが、なんと!羊の頭を食べていた。。。

 私たちは、ヨーグルト、グリルチキン、野菜煮、ライス、果物です~。

ここまで順調に来たので時間に余裕ができた!

                                          そこでアラビア海を見に行くことになった♪       

        
14:35。アル・ラヤンビーチに出た。アラビア海だ!外海だから波がすごい立っている。ここでは泳げないなあ~っと思う。(泳いだら日本まで流れ着く?)砂浜には、蟹穴がたくさんあいている。

15:10。アル・ラヤン空港に到着。待合室に売店あり。シルバーのジャンピーア形ペンダントトップがあったが、後はたいした土産はない。しかし、サナアの空港よりましか。。。P1010904

17:05にイエメニア航空IY815便出発!なんと自由席です。もしかしてと思い、右側席を取ったがシバームの街は見えなかった・・・。残念・・・。

約1時間のフライトでサナア国際空港に到着。国内線での移動だったのに、国際線と同じ到着ロビーで、イミグレは、なんと搭乗券の半券を渡すことでパス! おおらかな国だ~!

バッゲジが遅い。。。19:00にやっと空港を出発することが出来た。サナアは涼しい。そして、初日には思わなかったがなんと都会なことか!お店はあるし、人は多いし、人々も垢抜けている!(これでも・・・。)ややっ。 雨降り始めてきた。今日は夕食の後に旧市街を回る予定なのに。

19:30。初日に泊まったタージ・シェバホテルに到着。今夜の夕食は中華メニュー、スィートコーンスープ、魚のガーリックソース、牛肉オイスターソース、ヤキソバ、チャーハン、フルーツサラダと盛りだくさん!

今日は移動が長かったので疲れた。。。 さあ、明日はシバームとコーカバン!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Yemenその6

  8月8日(水)  アル・ハウタ⇒タリム⇒シバーム⇒アル・ハウタ

09:30。アル・ハウタパレスホテルを出発。本日は、タリムから摩天楼都市シバームへ行く予定。P1010776s

車を走らせること約1時間。道端にヘンナの木を発見!

このヘンナは、葉を乾燥・粉末状にして髪や肌の染色剤として使うのだ。

  Img_0176                                                            

  10:40。車窓を眺めているうちに、学問の中心地タリム到着。タリムはイエメンでのスンニ派イスラム教の中心地であったところ。スーク広場で車を降りて徒歩で観光する。アル・アッガフモスクの傍にあるアル・アッガフ図書館に入る。(今は図書館だが、その昔はアル・アッガフ家という富豪の家だったそうな。)この図書館は1000年前の写本を含む蔵書5500冊以上あるそうだ。Img_0175

  図書館の中をぐるっとまわって外に出た。魚市場を見てみる。ここの人々は、乾しザメ、マグロをよく食べるとのこと。こんな内陸なのに魚なんてと思ったら、遥か「ムカッラ」の街から運んでくるのだって。

P1010785

タリムの街を散策しよう。崩れかけた家がある。民家は下から上まで日干しレンガ。家畜もいっしょに住んでいる。
歩いているうちにアル・ムフダールモスクの塔(高さ48m)が見えてきた。このミナレットはタリムのシンボルとなっている。Img_0182

                                            

                             

                          

                          

    この辺の民家はアイベックスの角のついた家が多い。ハドラマウト地方独特の”魔よけ”みたいなもの。P1010789

Img_0189

                              

                   

                           

                     

    アル・カーフ宮殿群、イッシャ宮内部を見学。民具、民俗衣装が展示ある。居間には、日干しレンガに塗る、白塗料ヌラーの原料になる石灰石と漆喰が展示している。Img_0196

ここでヌラーについて
日干しレンガは、雨に弱いため防水の意味でヌラーを塗ります。これは、石灰石を焼き、その後、水をかけ急激に冷やすと割れます。それを粉に砕いて漆喰と混ぜたものがヌラー。壁に塗るときは水に溶いて塗っていきます。高価なので、これをたくさん使用している家はお金持ち!

イッシャの前にある宮殿からランドクルーザーへ乗車。
               
12:45。昼食はサユーンに戻り、アル・アッカフホテルで戴く。今日のお昼は、スープ、サラダ、揚げせんべい、魚フライ、野菜煮、ライス、果物でした。

14:00。アルハウタパレスホテルに戻りしばしの休憩。スルタンの気分で休憩をする。
外は相変わらず暑い!
 
Img_023015:15。いよいよシバームに向かう。
15:50。シバーム唯一の門、バブ・アル-シッダより旧市街へ入場。アルフユン広場で下車し徒歩で街を見て回る。右手には旧宮殿(アルガイティ朝スルタン宮殿)、左にはマルフモスク、アルラシッドモスクがある。また、その周辺には、日干しレンガで出来た民家(高層建築)を間近に見ることが出来る。Img_0202

高層建築だから上から下への落としトイレとなっている。また、傍には家畜小屋。ちょっと臭い。。。だいぶ臭い。。。

P1010846

                               

                            

                                              街のスークへ向かうとマウァズ(フォタ腰巻)手織り工房や、骨董屋に並ぶ木製扉のカギが売っている。この鍵はハドラマウト地方独特のものでアルハウタパレスホテルにもあった。
とても旨く出来てる。木のみで作ってあるが感心する位、精巧というかなんというか。。。P1010831

Img_0220                            

                            

                             

                                                  伝統的家屋の博物館、ベイト・アル-タグリディを見学。1階は倉庫、2階は貯蔵庫、3階は男性用、4階は台所・女性用、屋上テラスとサロンという伝統的なシバームの高層建築でした。Img_0217

                            

                            

                               

                                                  

  多くの家が崩れかけていて、活気がない。最近の水道の普及で建物の内部からも崩れているようだ。路地を進んでいくと大モスクがあった。礼拝の後なのか子供たちは元気にはしゃいでいる。Img_0207

家と家との高層階を繋ぐバケツがある。これは、いちいちちょっとのことで下 りてくるのは、億劫なので、バケツを伝わせこれでご近所さんと”やりとり”するのだって。

Img_0211

Img_0210

                                                                            シバームの城壁に出た。外にはナツメヤシ畑がいっぱい!

最初の広場に戻ることにしよう。丘から夕焼けが見れるかな。。。

17:40。ワジの反対側に車で移動。新シバームの町を歩き抜けて、岩山を登る。P1010854
ワジの向かいより日没のシバームパノラマが広がる!とっても綺麗。いい風が吹いている。
ここで、シバームの街が夕暮れになっていくのを見ていた。
Img_0229

                             

                                              しかし、雲が多く太陽見えなかった・・・。残念。

                                                 

 18:15頃、モスクから一斉にアザーンが響く。そろそろホテルに戻ろう。P1010840

18:35。アルハウタ・パレスホテルに戻る。夕食はトマトスープ、サラダ、チキン煮込み、ライス、フルーツ盛り合せ。明日は、ハドラマウトのワディをひた走り、リヤーンにあるアル・ラヤン空港からサナアへ戻ろう。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

Yemenその5

8月7日(火)  アデン⇒サユーン⇒アル・ハウタ(シバーム近郊)

04:00。アデンのシェラトンホテル発。眠い・・・。今日はアデン空港からサユーンに向けて空路移動の日。イエメンの国内線は国際線と同様に出発2時間前にチェックインだそうだ・・・。日本だと出発20分前なのに・・・ (-_-;)

04:15に、アデン空港に到着。意外と近かった。なので、6時のフライトまでひま×3~。
約1時間45分の待ち時間を潰し、06:05にイエメニア航空IY426便が出発。朝早い便だからか空いていた。 Img_0149s_2

 ところで、イエメニア航空にもマイレージがあるの知ってましたか? 私はインターネットで会員になり、アデン空港で会員証を提示するとなんと空港職員は知らなかったのです。いろいろ説明して偉いさん(らしき人)が出てきてようやく解決。(どうもマイレージって始まったばかりなのでぜんぜん知らなかったみたい。 まあ、どうってことないけれど。)

  P10107461s

  飛行機の座席は、右側になってしまった。。。ガーン! 左側だと着陸前にシバームの街が見れると聞いていたのに。残念。。。
 案の定、着陸10分ぐらい前に、機長のアナウンスで「ただいま左手にシバームの街が見えます!」って。見れなかった。。。(T_T)

P1010749s フライト時間はちょうど1時間。07:05にサユーン空港到着。サユーンはハドラマウト渓谷の中心地。07:25には空港を出発し、今夜から2泊する予定のアル・ハウタパレスホテルに向かう。ここからはアデンまで一緒だったドライバーさんとは違うドライバーさんのランドクルーザーでキャラバンです。

ここで、サユーンのあるワディ・ハドラマウトについて。
ワディ・ハドラマウトは、長さ160kmにわたり、深さ100~300mの卓上台地が両側に広がる。幅は西部で15km、東部で1kmぐらいあるということ。
ハドラマウトは部族・地域名として旧約聖書にも登場している。イエメン人旅行家モハメッド・アッシャタールは「ハドラマウトはノアの息子のセムの息子のアルフハシャドの息子のサレフの息子のアメールの息子のカタンの息子の一人の名前」から付けられたと記している。
北東部には砂丘があることから、コーランの中では「ワジ・アル・アグフ」(砂丘の連なる谷)とよんでいる。紀元前千年紀から古代シバ王国の影響下に置かれ、乳香をはじめとする南アラビアの産物を北に運ぶ交易路で栄えた。多くの部族や周辺諸国の侵略をうけ、スルタンの治めるいくつかの小国に分かれていた。ということ。

07:40。アル・ハウタにあるアル・ハウタパレスホテル到着。チェックインし荷物を降ろす。その後、朝食そして休憩。
このホテルは、アラブの宮殿を改装したホテルで、中庭があり、とってもゴージャス!スルタン気分です。(といってもドバイなどのキンキン・キラキラではありません。)

朝食・休憩も終わり、10:20にホテルを出発。アル・ガファ近くで、日干しレンガ作りを見せてもらう。
 日干しレンガは、ワジの土を砕き砂利を除き、水と合わせそして藁を混ぜる。その後、成型し、地面に並べて数日間干す。その後、立ててさらに乾燥させ出荷するということ。へぇ~。(一個20YR、約12円ぐらいするということ。家を建てるのにも結構お金が掛かる。)P1010754s

 その作業をしている横では、地下水をくみ上げ、アバーヤを着たお母さんが洗濯をしていたが、私たちの姿を見て家に引っ込んだみたい。そのかわり、そこで子供が水浴びをしていた。

10:50。サユーンの王宮前の広場で車を止めた。

  Img_0156s                                                                         

Img_0158s                         

            

まずは、博物館になっている旧王宮を見学。 ここは、19世紀カシーリー朝スルタン居城であったということらしい。博物館の下は考古学博物館になっており、紀元前3000年の頃の石器や、レイブーン遺跡(紀元前12-1世紀)の出土品(墓碑、偶像、香炉、装身具)、南アラビア文字、イスラム美術等が展示されていた。上階は、民俗博物館で20世紀初め頃の写真、武器、コイン(AD1-20世紀)、スルタン国の旗、当時のパスポート、楽器、台所、花嫁衣装、銀装身具、乳児ベッド、コーヒー茶道具、コーラン台等の展示がされていた。しかし、この宮殿の中は迷路のようだ。

そこで、屋上に登ってみる。ここからのパノラマを見ていると、お昼のアザーンが町に響いている。下の出口近くに売店があったが何も買わない。。。
               
P1010760s 12:30。博物館の前にあるサユーンのスークを見る。ここにはハドラマウト名産の蜂蜜(アサル)屋が何軒か並んでいる。蜂蜜は(小容器で400-500YR、約240円~300円))その他に菓子・スパイス・香スークがあった。岩塩は生活必需品なので1袋50YR(約30円)、ヘンナや乳香1袋150-200YR(約90円~120円)
果物や野菜のスーク、肉・魚のスークもある。スーパーがあった。(品揃えはお世辞にも良いとは言えなかった・・・。)P1010761s

しかし、ここは暑い! リュックにつけた温度計が50℃を示している!ということでお昼にしよう。

13:20。昼食をエステラハ・シバームレストランで摂る。メニューはサラダ、スープ、ライス、野菜煮、ラム、果物でした。

14:55にアルハウタ・パレスホテルに戻ってくる。余りに暑いので昼寝と休憩です。

しばらく昼寝をしてちょっとお散歩のつもりが・・・。ここで、ちょっとしたアクシデントが発生。。。
宮殿ホテルなので、オートロックではないと思い込んでいたのが間違いでした。鍵を持たずにドアを閉めたら・・・。そう、鍵を閉じ込めてしまいました。トホホ・・・。

結局、レセプションに行き、マスターキーで鍵を開けてもらいました。そこで、日暮れまで再度、昼寝。

夕方にホテルの塔へ。夕方のアザーンが聞こえてくる。そうしているうちに砂漠気候なのに、雨が降ってきた。部屋に帰ろう。今夜の夕食は、そうめんとバイキング料理。

明日はいよいよ砂漠の摩天楼都市。タリム~シバームへ。(続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Yemenその4

8月6日(月)  タイズ⇒アデンへ

07:00にタイズのタージ・シャムサンホテル発。朝一番にアシュラフィーヤモスクを見学する。Img_01161s

このモスクは、14世紀にラスーリー朝時代にアル・アシュラフ・イスマイル・ベン・アル・アッバス(1377-1400年)が建設したものらしい。二本の相似形のミナレットが並ぶデザインはイエメンでは珍しいそうな。(へ~。)

そして、このモスクのアカシア材で出来た木製入口扉は、14世紀のオリジナルであるとのこと。と言うことは、約600年は経過している。(すごい・・・。)

Img_0117s

この扉、普段は開いているが、写真撮影をとるためにわざわざ閉めてくれた。ありがと、シュクラン!

中に入ると、ラスリード朝スルタン墓廟がある。これは、アル・アシュラフと一族の墓だって。イスラムは亡くなると土に埋葬するため、この墓廟を開けても直接遺体はは見えないとのこと。また、埋葬するときには、メッカの方角に顔を向けて、右肩を下にして埋葬しているそうだ。へえ~。

Img_01221s

異教徒は礼拝堂を入口から覗くだけしかできないので、入口からカメラを突っ込み写真を撮る。

ここ、タイズはアラブ世界有数の文化都市で、モスクは学問所でもあったそうだ。

Img_01281s_2 07:45。ランドクルーザに乗って、サビル山の中腹へと登る。中腹から見ると、アル・カヘイラ城と城壁が見える。 15世紀のラスリード朝の建築と言うこと。また、遠くにハイルサイード氏邸(ボクシャン氏に次ぐ富豪)があり、、その向こうにソフィテルホテルがある。

08:00。標高1900mの地点にジャベルサビルホテル(UAE元大統領シェイクサイド氏別荘)があるので駐車させてもらいしばし、展望を楽しむことにした。ここから、アル・カヘイラ城が近くで見れるはずであったのに、丁度ホテルの影になって見えない・・・。残念。

しばしの展望の後、山を降りた。また今度、タイズにゆっくりと来たいなぁ・・・。

08:40。タイズ麓のスーク停車。タイズを出る前に、ドライバーさんが果物を購入している。

さあ、一路、アデンへ。
09:15。アル・ジャシアの手前でお茶休憩。隣のモスクでトイレを借り、お茶とパンで休憩した。P1010684s_2
 パン(ラシューシュ)焼きたてで、大1枚120YR。店の中には牛の頭丸ごとの料理をやっていた。(歯や舌が見える・・・。)また、天井からネットでヤギの頭を吊っている。

 

P1010690s_2

ここに、日本製の古いオートバイがあったので写真を撮ろうとすると、子供がいっぱいやって来た。人だかりになってしまい、バイクが撮れない。
とりあえず子供ごと写真を撮って先に進むことにする。

Img_0132s_2

09:55にアル・シュレイジャ旧南北イエメン国境に到着。1990年まで南北に分断されていたらしい。歩いて旧国境を渡るが、ボーダーポイントも何も無いので実感わかず・・・。(山の上には旧見張り台有り。)

先を進めることとする。

Img_0133s_210:15。ワディにある、アルフエイミ温泉に到着。ここの入浴料100YR。日本の露天風呂のように素っ裸にならないので、さしずめ、男女別温泉プール(熱湯とぬるま湯)というところか。

 Img_0134s_2                   

源泉をたどるとそれはかなり熱い。ちゃんと大地の下から湧き出してる。そして、源泉の上にある小さな丘の上は大地が湯の上に浮かんでいるので、飛び跳ねると揺れている。

再び、ランドクルーザーはアデンに向けてひた走る。

11:20。アル・ハドマでトイレ休憩。ここは、菓子屋が並んでいる。顔の濃いアラブのおじさんがいっぱい・・・。

P1010706s

11:35にトゥバン砂丘到着。砂丘と言うが砂漠みたい。何が違うのか。大きさだけ??
砂は日射で熱せられていた。熱い!ただいま標高350m。アデンまであと少しだ!

Img_0136s_2

                                              

                           

                        

                   

 12:30。アデン市内到着。アデンはモンスーンの影響で風が凄い吹いている。郊外も砂嵐が吹いていたが市内には行っても収まっていない。そして、蒸し暑い!いままでのイエメンとは違う気候に身体が「ヒェ~!」と悲鳴を挙げている。
しかし、とりあえず昼食にしましょう。という事でアル・ジャジーラレストランで昼食なった。(どこかの放送局みたい。)本日のメニューは、サラダ、ライス、野菜煮込みとスパゲティー、フライドチキン、フルーツです。

ここでアデンについて。
 アデンとは、アラビア語で「定住地」を意味するらしい。旧南イエメンの首都で、現在はサナアに次ぐイエメン第2の都市となっている。サナアが政治の中心であるのに対し、アデンは経済の中心。2000年以上前から商業港として知られ、海のシルクロード中継地として栄えた。最近の話題は、2000年10月アデン沖でアメリカ海軍駆逐艦が爆破された。ということ。

昼食後、再び走り出すとまもなく、クレーター地区のランボーハウス到着。(現在はホテルとして利用されている。)
ここは、フランスの詩人アルチュ-ル・ランボー(1854-1891年)が詩作を辞めた後、貿易会社バルディ・ヴィアンネ・マズラン商店に職を得て、1880年より数年暮らしたところらしい。P1010725s

14:00。アブダッラー・アイダルース・モスクを観光する。モスク内に靴を脱ぎ入場する。ここは、15世紀の聖人アイダルースとその一族の墓。セノタフ(ギリシャ語で空虚の墓の意味)の中を覗く(土葬なので特に何も無かった。)墓所の天井に美しい彩色があり、隣は礼拝所となっていた。霊廟側がメッカの方向になっている。偶像崇拝を禁止するイスラームにしては、聖人の墓がモスク内にあるのは珍しい。地域性かも・・・。 (アデンの守護聖人とのことであった・・・。)

Img_0140s

 14:30。貯水池のアデンタンクに行った。このアデンタンクは、サバ王国時代から建設されていた。自然の渓谷を利用し貯水池を階段状に造り、汚れを沈殿させた後、上澄みを下の貯水池に流すことで浄化したとのこと。イギリスよる統治時代、約1億リットルの貯水能力を有し、庭園は憩いの場として将校クラブなどあったらしいが、いまいちこれが観光地とは思えない・・・。Img_0142s

 あっ。ハドラマウト座り発見! ハドラマウト座りとは、「マハバ」という専用のベルトを使って座ります。説明は長くなるので、写真を見てください。

P1010727s

                                   

                          

                                            

                                              

                                         

 15:20。アデン門に到着。これは、岩を切り開いて建設された城門とのこP1010731sと。ここからのアデン港のパノラマをとりあえず「パシャッ!」
               

15:35。アデン港の旅客ターミナルに来た。港側へ出るのに自分たちの身分(??)を示したリストが必要という。なんだかんだで、港に出る。軍関連の船は撮影禁止なんで、Photoは左OK!、右はbad!と指示が出る。売店発見!がっ・・・お祈りの時間でおじさん外出中。早く帰ってきてくれ~。
しばらくすると、おじさん帰還。絵葉書、記念切手など売っているが、私たちは、サナア様式のミニチュアハウスとイエメンの国旗にも示されているマークのステッカー、乳香を買った。Img_0147s

 Img_0007s

                          

                         

                        

                                              

 16:10。今夜のお宿、シェラトン・ゴールド・モハーに到着。なんと豪華なホテルでしょう!プライベートビーチはあるし、部屋はオーシャンビュー。プライベートビーチより夕日が見られるそう。そして象岩と呼ばれる奇岩がある。P1010735s

今夜は、浴衣でディナーに望むのだ! 明日はサユーンからハドラマウト地方へ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Yemenその3-2

8月5日(日)  イッブ⇒ジブラ⇒タイズへ

 P1010627s

イッブを出てしばらく南に向けて走ると大きな岩の上に開けた街が見えてくる。そこは、女王アルワの都ジブラ。ランドクルーザーは15:10にジブラ到着。 石畳の坂道を徒歩で観光するが、まだ雨が降っている。

  ここで、少しだけ女王アルワのお話をすると、紀元11世紀後半のイエメン王国のスレイヒ王朝時代、イエメンの歴史史上2人目の女王“アルワ”が登場する。イエメンでは2人の女王が登場するが、彼女はその1人。ちなみにもう1人は、シバの女王で知られる“ビルキス”。アルワ女王は、夫“ムッカラム王”の統治時代、国内視察へ行ったそうな。その後、サナアへ戻り、夫に、「見えるものは剣の光と野蛮な刀、それに槍の穂先のみです。」と言った。そして今度は夫をジブラへ連れて行き、「見えるものは羊飼い、そして油とハチミツの壺を持ってる人、こうした人々の中で暮らすことがどれ程よいことでしょう。」と言ったので、王はこのジブラに首都を移したということ。

 そんなことを考えながら歩いているうちに、アルワ女王モスク(Mosque of Queen Arwa)に到着する。1088年に建てられたというこのモスクはアルワ女王(彼女は92歳で他界するまで52年間も国を治めたらしい。)の墓があるそうだが、異教徒である我々は中庭回廊のみ入れる。Img_0076s

午後のお祈りの呼びかけ「アザーン」がかかると人々が集まりだした。子供が寄ってきた・・・。何か話し掛けてくる・・・。観光客が珍しいのか片言のアラビア語で話をすると、ひまわりの種か何かを煎ったものをくれた。皮ごと食べてみた。なんか硬い・・・。その子が食べているのを見ると、皮を歯で割り中身だけを食べている。同じように食べてみると、「香ばしくておいしいではないか!」ありがとう、シュクラン!

 そして、モスクの奥に礼拝前の沐浴に使うトイレや水場が並ぶところまできた。(工事中である。)このモスクは、古いので常に工事をしているそう。

P1010634s モスクの中には、入れない・・・。と、そこにまた別の子供がやってきた。カメラを貸せと言っている。なぜ?大丈夫か? その子供はモスクの中へ入っていきしばらくすると帰ってきた。カメラを見ると、ミンバル(イスラムのイマームが説教する説教台)やミフラーブ(キブラ:メッカの方向を示す壁)を写真に撮って来てくれたのだ。またしてもシュクラン!(写真を撮ってきてくれたのにチップも要求されなかった。なんてやさしい人たちだ。エジプトとP1010635s大違いだ~。)

 

                   

 

                   

P1010641s

ちょっとうれしい気分のまま、モスクを後にし、村の狭い路地を歩いて行く。マドラサ(イスラム学校)がある。家畜の糞も落ちている。ほんとにこの国は、タイムスリップしたみたいな感じ。建物も生活も。

 

Img_0084s

 

 

坂を下りて行くとアルワ女王宮殿とそれに付属するモスクの塔があった。ほとんど廃墟のようだ。

ここで、全身黒ずくめのアバーヤを着た若い女性が英語で話し掛けてきた。これはもしかして写真のチャンスか!「写真を撮ってもいいですか?」と尋ねると、「Money!」だって!なんだこいつは。金をくれってか。あげないも~ん。写真もいらないも~ん。ということでそこにあった王冠型のドームを持ったアルガッブモスクの写真を撮る。さあ、本日の目的地タイズに向け出発! Img_0087s_3

  16:20、タイズ渓谷の写真を摂るためにストップする。少し休憩。そして、17:30。夕暮れのタイズに到着。

P1010648s

 

                   

                                                                                                                                                 

  本日の宿泊先、タージ・シャムサンホテルにチェックインする。ルームナンバーは407号室。このホテルで一番いい部屋になった。テラスがついている。タイズの風景が良く見えるが外はまだ雨が降っている・・・。

18:10。雨もやまないようなので、ホテルより徒歩でスークに出発。やばい・・・。大雨になってきた。時計屋に入ってみる。モスク型アザーン目覚まし時計があった!。以前、トルコに行ったときから欲しかったのだ。大と小がある。大が700YR、小が600YR。でも値引きしてもらって小を500YRで購入した。スーP1010649sクの奥へ入っていく。燻製チーズ、ナツメヤシ、スパイス、コーヒー、雑貨、衣料品のスークがあるが停電中でよく見えない。お金に余裕のある店は発電機を動かして電気をつけているが、ほとんどはガスランタンのみで営業をしている。暗いので表通りに出よう。そして表通りでイスラム黒服アッバーヤを見ることにした。黒一色に見えるアッバーヤも近くで見ると刺繍の入っているものや、襟の形が違うもの等色々あるようだ。

Img_0004s

なんやかんやといいながらやっと購入し、ホテルに戻る。夕食は5階のパノラマレストランにてバイキング式夕食だ。雨がやんだみたい。窓から見える夜景が綺麗に見える。食事の後はテラスで写真撮影。

 写真を撮影したらもう寝るとしよう。明日は、あの山に登り、その後はアデンに向けて出発だ!。

     Img_00941s            

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Yemenその3-1

8月5日(日)  サナア⇒イッブへ
今日からランドクルーザーに分乗してサナアから南へタイズ道路を行く予定。「緑のアラビア」ヒムヤル王国の中心地、中部イエメンに向かう。本日はイッブ⇒ジブラ⇒タイズと約260kmの行程。
07:15にタージ・シェバを出発。07:50にサナアの郊外に出る。Img_0044s

なんだ。あの黄色いのは。熟れたスイカかカボチャ(??)どうやらカボチャの露天市をやっているようだ。ひとつは大きさによって50-300YRするということ。P1010565s_3
後ろはカート畑が広がっている。P1010586s_2

08:10。ガソリンスタンドでストップすると、ヒダール村のパノラマが見える。とりあえず写真撮影。08:30にはヤスレ峠を越える。ここの標高は2700m。上りと下りは、道路が違うらしい。 峠の下に峠(ナキール)村、下は緑豊かな平野が広がっている。

09:10。走り初めて約2時間。ルサバでお茶休憩にした。(チャイを飲むと甘~い!)ムスリムはお酒を飲まないから甘いものが好き。でも、この暑さの中で飲むととっても美味しく感じられるのは何故か??日本でこの甘さはきっと飲めないに違いない。出発前にモスクでトイレを使わせてもらう。 
11:00。スマラ峠①。下にキターブ(本)村が見える。段々畑はカート畑のよう。Img_00491s 露店でのカートの値段は1束1000YR(US$5)もする。イエメンのGDPは一人当たり約600$って聞いているのでカートは高い。(このカートは常用性はないようですが、噛むと覚醒作用を催すらしい・・・。そして、これがイエメン経済を圧迫する原因にもなっているらしい。(お昼からはカートタイムで余り働かないからか・・・。他のアラビア諸国では禁止になっているが、イエメン人とは切っては切れない嗜好品。)

11:15。スマラ峠②。眼下にワディ・スマラが見えるところにやってきた。ここの標高は2750m。花婿の一団がやってくる。P1010600s カラシニコフAK-47を持っている。すっすごい!本物をはじめて見た。でも、結婚式の一団は皆気さくな人々で(銃は持っていたが・・・。)、とりあえず、装飾剣や銃(本物)を持って記念撮影させてもらう。
11:35。スマラ峠③。段々畑が続いている。ここはず~っと昔、海のそこだったということ。子供がやってきた。化石を売っている(1$)。でもここの層状石を割ると化石が出てくるそうな。子供たちには悪いが自分たちで化石拾いをする。あった!少し小さいが羊歯の植物のようだ。おみやげに持って帰ろう!Img_0401s

 また、ここからはスマラ要塞(オスマン・トルコ時代に建設)がよく見えた。この辺の見通しの良い場所はカート噛みスポットのようでカートを持って一休みのドライバーを見かけた。Img_0058s
13:05。サナアから約6時間。約193kmの道のりをランドクルーザに揺られイッブの街(標高約1850m)にやってきた。Img_00631s

昼食はイッブの丘の上にあるタージ・イッブ・ツーリストホテルのパノラマ席で摂ることになった。どんより曇ってきた空は今にも泣き出しそう。レストランの窓からは、正面に去年60人近く亡くなった競技場がある。なんでも大統領選挙かなんかで政党の集会での出来事だそうな。日本では政治に関心の無い人が多いからそんなことは起こらないだろうが。外を見てるとランチがやってきた。本日のランチは、ライスとサラダ、ミックスグリル、デザートとしてフルーツです。P1010606s_2

腹ごしらえがすんだところでイッブの旧市街を徒歩で観光する。ついに雨が降り出した。傘を差しながら、狭い旧市街を観光するのは辛いが、ポンチョは車の中・・・。我慢する事としよう。

P1010614s

写真にもある石の家には、丸い3つの窓がある。これは交易のコーヒー豆表しているということ。また、 アラバスター(雪花石膏)製の窓もある。

P1010616s                                        

また、ユダヤ人がいた家の扉にはユダヤの象徴ダビデの星が付いている。アル・ジャラリーヤモスク、アル・アサディーヤモスク、カートスークを見ながら車に戻る。次に向かうは、ジブラ。(つづく) P1010620s

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Yemenその2

  2007年8月4日(土)  関空⇒ドーハからサナアへ

Img_0004s_5 朝、目覚めた・・。(現地(イエメン)時間では朝だが日本時間ではもうお昼)外は晴れている。翼のオリックスも輝いているように見えている。げっ・・・。また、メニューがやってきた!

国際線は、到着現地時間で機内食が出るので、朝食が来たのだ。日本時間の20:00から今まで、通算これで4回目の食事。しかも機内で動きまわれないのでお腹が空かない・・・。

しかし、食べよう!!

Img_0009s_6 そんなこんなをしているうちに05:25にドーハ国際空港着。手荷物検査後、トランジットのためロビーへ。「オイルマネー」のカタールというイメージであったのに、予想に反してあまり大きくない空港と免税品売り場だ。しかし、中央にベンツとBMWが置いてある。(旅行に来て金持ちが買うのか。それとも展示のみか?)

08:10にカタール航空QR454便サナア行きが出発。乗り継ぎ客を待ち、出発遅れる。フライト時間は、2時間半でイエメンとカタールとは時差なし。

10:45サナア国際空港着。まわりにはなにもない。窓から見える景色は全部土色に見える。しかし、エプロンには戦闘機と戦闘ヘリが止まってる。この国は大丈夫か?

 COBUS3000という長~いバスに乗って到着ロビーへ。入国にすごく時間かかる。入国審査用のパソコンが止まったらしい・・・。やっぱり大丈夫か?さらに荷物出てくるのも待つ。

12:10やっとミニバスに乗車できた。 空港を出発する。今回の旅のガイドはATGのムハンマドさん。空港から市内まで車窓からイエメン大学や農業大学を見ながら走る。市内は混雑している様子。

  昼食はアル・シャイバーニレストランで摂ることになった。(スープ、イモのカレー煮、生野菜、パン(大きく薄いラシューシュ)、豆チーズペースト、ライス、タイの種類の魚、スイカ、バナナ、水一本)。昨日から食べてばかりいる気がするなぁ・・・。しかし、これからのために体力をつけておかなくては。

  本日のお宿はインド系のホテル、タージ・シェバ。ここは、☆☆☆☆☆だそうで部屋では衛星TVでNHKも見られるそう。とっても高そうな雰囲気だ。とりあえずチェックインして荷物をおろそー。

15:20に再度、ホテルを出発。サナア旧市街観光する前に、ホテルの前の道路(アリ・アブドゥル・モグニ・ストリート)沿いにある両替所でとりあえず、10$両替。1$が約199イエメンリヤルだから1990リヤルになった。さあ、旧市街に出発だー!

Img_0012s_3

バブ・シャウブ(旧市街の北側)からスーク 、アズズモール地区を見て回る。モスクや公共水場・病院があり、久しぶりのアラブにうきうきしてしまいます。

Img_0026s_4 旧市街にあるダーウッドホテルの屋上に上がらせて貰った。階段を上がり、最上階よりパノラマ。サナア旧市街が一望できます。これはすご~い!まわりはホントにチョコレートハウスばっかり。ここのホテルにはマスラージがあり、カートを楽しんでいた。また、1部屋だけどWedding Suite Roomがあり、写真だけ撮らしてもらう。  Img_0031s_4

スークでは真鍮細工・アルミ食器屋・鍛冶屋・コーヒー、ギジル屋・乳香(フランキンセンス)・ジャンビーヤ(半月刀)・衣料品(アバーヤ)・干し果物(干しぶどうが美味しいらしい。デーツも発見!)金銀細工・、スパイス・両替屋)があった。熱気と人でごった返している状況。

スークを進むと、イエメンでサムサラと呼ばれる隊商宿があった。いまでこそラクダで砂漠は越さないけれど、アラビアンナイトの世界がそのまま残っている。

歩いているうちにバーブ・アル・イエメンに到着。(中はアートギャラリーで入場は無料。右の階段を登ると門の上に登れます。) Img_0038s_3

疲れてきたので、そろそろ、ホテルへ戻ることにします。今日の1日は長かった。(24時間に時差分6時間を足すので今日は30時間有った計算。)帰りにスーパーによって帰りましょう。

明日は、ランドクルーザーに乗って、イッブ・ジブラ・タイズへ出発だー! Img_0040s_4

| | コメント (2) | トラックバック (1)

Yemenその1

Img_0003s_3 2007年8月3日(金) イエメンへ

 6ヶ月ぶりの海外旅行。通算17回目。イスラム圏には4回目。今回はアラビア半島の南端の国、イエメンへ。知っていることと言えば、シバの女王の国で石油が出ないためアラビア半島の最貧国と言うぐらい・・・。

23:55発のカタール航空QR821便に搭乗するため、職場を定時に出発。一路、関西国際空港へ。(いつもながら遠い・・・。)

19:30過ぎに関西国際空港着。軽めの夕食を済ませ、KANKU LOUNGE内にあるシャワールームに行き汗を流す。( 料金(15分) シャワーのみ:500円)

夕食も食べたし、一風呂浴びたし、宅急便で送ってるスーツケースを頂いてさあ出発だ~~!。

But,何かの都合(航空会社は何故か教えてくれない・・・。)で出発が遅れ00:45発となった。カタールのドーハまでのフライト時間は10時間45分。日本との時差は-6時間とのこと。

長時間のエコノミーはとっても疲れるので早く寝たいのに。。。

機に乗り込み、離陸。既に時刻は01:00をとっくに過ぎている。

( ´O)η。

01:30過ぎ、水平飛行になった。するとメニューが配られて。。。なんだ!?今から機内食で夕食か!?

しかし、食欲には勝てず、メニューを見ながらキャビンアテンダントにJapanese Food Please! さっさと食べて寝とするか!

明日は、朝いちにドーハでイエメンに向けトランジット!

| | コメント (0) | トラックバック (0)