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2008年11月

千代田区外神田2-16

東京第3弾!

神田明神です。
御茶ノ水周辺には、有名なところが湯島聖堂の他に神田明神がありました。

隋神門です。 081013_1241

神田明神の始まりは天平2年。
武蔵国豊島郡芝崎、(現千代田区大手町将門塚周辺)に創建されたそうです。

天慶3年(940年)2月14日に平貞盛・藤原秀郷と藤原為憲の連合軍と平将門の合戦が始まり、どこからともなく飛んできた矢が将門の額に命中し、あえなく討死したと伝えられています。
そのときの首は平安京へ運ばれ、晒し首となったそうです。今でも、「京都市下京区新釜座町四条通西洞院東入ル」には、「史蹟神田神宮」というのがあり、「天慶年間平将門ノ首ヲ晒シタ所也」とあるのだとか。←今度、行ってみたいと思います。

言い伝えでは討ち取られた首は京都の七条河原にさらされたが、何ヶ月たっても眼を見開き、歯ぎしりしているかのようだったといわれています。
そして、ある時、歌人の藤六左近がそれを見て歌を詠むと、将門の首が笑い、突然地面が轟き、稲妻が鳴り始め、首が「躯をつけて一戦させん。俺の胴はどこだ」と言い、その声は毎夜響いたのだとか。
また、ある夜、首が胴体を求めて白光を放って東の方へ飛んでいったと言い伝えられています。
だから、京都には首塚がないのです。
獄門が歴史上で確認される最も古い話が、この平将門だとか。

白光を放って東の方へ飛んでいったところ。そこが、武蔵の国。
首がに帰ってきたその地に塚を築き、葬ったのが将門塚です。

その後、、将門塚の周辺で天変地異が頻繁に起こることがあり、これを将門の祟りと恐れた当時の民衆を静めるため、時宗の遊行僧・真教によって神と祀られ、延慶2年(1309年)には神田明神に合祀されることとなったのだとか。

081013_1240
   
本殿です。


                                                                                                                                     
神田明神の「かんだ」は、首を斬られて殺された将門の胴体、つまり「からだ」が変化したものという説があります。

天正18年(1590)徳川家康は江戸に幕府を置きました。その後、元和2年(1616)には現在の場所に移築、江戸城の鬼門の守護神としたそうです。

歴史って奥が深いですね~(-。-)y-゜゜゜


だいこく様081013_1246

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神田川

Kandagawa
今回も東京です。
神田川はフォークソンググループのかぐや姫の曲で有名ですよね~。←ちょっと古いですね・・・。(^^ゞ

神田川の元の名前は「平川」というそうです。
どこにあるんだろ~って思っていたらこんなところを流れていましたぁ~。

ここはJR御茶ノ水駅です。

ここでちょっと調べてみました。
源流は東京都三鷹市井の頭恩賜公園内にある井の頭池から流れ出て、台東区、中央区と墨田区の境界にある両国橋脇で隅田川に合流するそうです。

流路延長は24.6km、流域面積105.0km2で、東京都内における中小河川では最大規模だということ。

また、かつては、「神田上水」として、江戸の水道として利用されていたそう。。。

身近なところにいろいろあるもんだなぁ~っと感心した日でした。

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湯島聖堂

東京都文京区湯島一丁目にある湯島聖堂に行って来ました。

JR中央線の御茶ノ水駅聖橋口から出て、聖橋を渡ったところにあり、「近代教育発祥の地」書いてあります。P1020593

明治維新とともに、聖堂は新政府の所管となり、一時期は湯島聖堂の構内に文部省、国立博物館、師範学校、女子師範学校などが一時同居していたことがあるそう。
                               
                                                                                                         

後にそれぞれ、国立博物館は上野に、師範学校は旧東京教育大学、(現:筑波大学)に、女子師範学校はお茶の水女子大学へと姿を変えたのです。

だから、聖堂は近代教育発祥の地と言われるようですね。

P1020594 今でも、湯島天満宮(湯島天神)と共に、年間(特に受験シーズン)を通して合格祈願のために、参拝に来る受験生が訪れるそうです。

                                                  
                                                  
                                                 
                                                    
                                                     
                                                                    この湯島聖堂は、元禄時代、1690年(元禄3年)5代将軍徳川綱吉によって建P1020596てられた本来は孔子廟です。

 
                                                                            
                                
                                                                          
                                              
                                                                    P1020599            
 林羅山が上野忍が岡(現在の上野恩賜公園)の私邸内に建てた孔子廟「先聖殿」が移築され、将軍綱吉は先聖殿を「大成殿」と改称し、またそれに付属する建物を含めて「聖堂」と呼ぶように改めました。その際に林家の学問所も当地に移転しています。

                                                                     
                                                                   
 寛政異学の禁により、1797年(寛政9年)林家の私塾が、林家の手を離れて幕府の官立の昌平坂学問所となりました。P1020600
これ以降、聖堂とは、湯島聖堂の中でも大成殿のみをいうようになっています。
 
                                                 
                                              
                                              
                                                
                                                   
  
  
 湯島聖堂にある世界で一番高い孔子像大成院の建物は、当初朱塗りにして青緑に彩色されていたという。たびたび火災で焼失しているが、1799年(寛政11年)に水戸の孔子廟にならい改築された黒塗りの建物が明治以降も残ってます。1922年(大正11年)には敷地が国の史跡に指定されたが、翌年の関東大震災で焼失し、現在の大成殿は伊東忠太設計により鉄筋コンクリート造で再建されたものとなっています。

P1020601 現在、ここの構内に飾られている世界最大の孔子像は、1975年(昭和50年)に中華民国台北ライオンズクラブから寄贈されたものです。孔子像の他、孔子の高弟たち、四賢像(顔子-顔回、曾子、思子-子思、孟子)が安置されています。

                                               
                                                 
                                                                    追伸:1970年代に日本テレビで放送されたドラマ「西遊記」で湯島聖堂の大成殿がロケ地だったそうだ。また、2006年にフジテレビでリメイクされた月9ドラマ「西遊記」のロケ地としても使用されていました。

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満州へ No.3 帰国

大連 そして帰国・・・。

6:00起床。今日はいよいよ帰国する日だ。

大連の朝は、湿度が高いのかモヤっているようだ。

今朝の朝食は、外でマンドゥを食べることにしよう!
早速、支度してリュックを背負って出発。

お~。市場が出ている!
と言っても、箱の上に品物を載せてパラソルで覆っただけの簡単なお店。080823_0800

でも、こんな雰囲気が大好きなんだよな~なんて思いながら見て廻る。
野菜に果物、海産物もある。

                                                 

                                                  

                                                                  

080823_0758 そう、ここは大連。港町なんだ!
生きた渡りカニやえび。とこぶしや見慣れた魚がたくさん並んでいる。

ぐるっと一回りして、目的のマンドゥへ。
ラーメン屋の軒先で売っている『包子王(パオズワン)』へ

蒸篭から立ち上る湯気が食欲をそそる。
3個で1元(約17円)安い!

韮と猪肉(豚肉)そして牛肉を注文。こんなにも!って・・・。
ひとつが小さいのだ。

蒸したては美味しい♪ 中でも、韮包子がVery Good!

朝食に満足したとところで、残り時間をどう過ごすか検討・・・。

そうだ! 大連駅を見ていない。 ここは旧満州鉄道のあった大連。
この駅を見に行かなくては~。P1020675

お腹もいっぱいになったので、腹ごなしに歩いて向かう。
30分ぐらいで到着。
とても大きな駅。。。 2月に訪れた北京西駅と規模は変わらないぐらい。

                                             

                                                                                     

Img_01071 中に入ろう。 げっ!! セキュリティがあるのは承知していたが、チケットがなければセキュリティも通過できない。
なんてことだ。。。 北京ではチケットなしでも、セキュリティを通過し、駅内に入れたのに・・・。

                                               

                                                 

                                                                ここで、警備員に何を言っても無駄なのが中国。Img_0104 諦めて、チケット売り場をパチリ。

                                             

                                              

                                              

                                                後は、路面電車に乗りに行くことにする。
ちょうど、大連駅の前から、旧満州鉄道本社あたりまで行けそうだ。
101系統。
レトロな旧式がやって来た。 車内で揺られながら約15分。P1020679
停車場で降りる。 お~。対向からは新型のLRTが。あっちも乗ってみたいがもう時間がない。

P1020680

                                

                                

                                

                                       

                                     

ここからは歩いてホテルに戻る。
旧満鉄本社前を通過。 とりあえず一枚。P1020689

そこから北へ。 旧満鉄病院。そして日本人街へ。

P1020692                           

                           

                            

                                               

                                                

北東の方角に向かうともう少しでホテルだ。

路面電車を降りてから、約30分。歩き続けてホテルに到着。
いよいよ帰国。 今回の旅も終了です。

バスに乗り大連国際空港へ。 

約3時間後に関空に着陸。 お疲れ様でした。

さて、次は何処の街へ行こうか・・・。

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