« 2008年5月 | トップページ | 2008年9月 »

2008年8月

満州へ No.2

旅順へ

大連2日目。
朝、4:30に起床。 外はまだ暗い。Img_0017

とりあえず朝からお風呂へ。 ややっ!お風呂のドレンが壊れている・・・。(T_T)

7:00 朝食 アメリカンブレックファースト:ブッフェスタイルらしいが、周りは全て中国人。
メニューは、中国風の野菜の煮物が中心のようだ。 白菜の煮たのが美味しい。でも、冷えたマンドゥがイマイチ・・・。 明日は外の屋台にしよう。(^o^)/

朝食後、再び周辺を散策。
朝市が出ている! 美味しそうなマンドゥも湯気を上げている。 明日はここだなぁなんて思いながら水をGet。さあ、今日は旅順へ。

8:50 旅順に向けて出発。

大連から旅順は片道約45km。約1時間ちょっとのドライブだ。

といっても、旅順は今も軍港。 一部の観光スポットを除き非解放区なのだ。
だから、街なかや港を外国人が散策していると公安に身柄拘束される可能性大。

トラブルはめんどうなので、観光バスで旅順へ。

広い道路をひたすら走る。 道路に並行してLRTが走っている。 あれに乗ってみたいなぁ。(+_+)

Img_00831

                                              

                                           そんなこと考えているうちに、旅順市内に到着。
                                             

                                                                  まずは、「東鶏冠山北保塁」へ。(ここは、観光客に開放されてるが入山するには許可証が必要。)Img_0027
ここは、東鶏冠山(←山の名前デス)に築かれた日露戦争時のロシア側防御要塞跡。
1904年の日本軍の第1回旅順総攻撃では、攻撃した日本軍は全滅したらしい。 ロシア軍の指令部の壁には無数の弾痕が残っている。。。

Img_0029                              

                                              どうやって、日本軍はここを陥落させたのか。
それは、トンネルを堀り、司令部の地下から肉弾戦で爆破したらしい。日本らしい攻撃の仕方だと思ったが、その攻撃で日本兵約9000人、ロシア兵は全滅したのだ。

                                                            

Img_0031

何とも、聞くだけで身震いしそうな場所。 いろんな思いを胸にバスに向かう。

                                               

                                             次に向かうのは、ここから北西にあるあの有名な「203高地」へ

途中、軍港があったが勿論、降りることは出来ないので車窓から。Img_0041
                                              

                                               

                                         

                                             

                                                               Img_0042 やや、大連駅があった! ここは、東清鉄道の終着駅。100年前の姿がそのまま残っている。
しかし、軍事訓練中だということで、バスの停車も許可されない。。。
ゆっくりと通り過ぎる車中から写真を一枚。

                                               

                                                                  旅順の中心街を過ぎ、バスは203高地へ。Img_00361

                                               

                                              

                                                 

                                                                Img_0051 ここ203高地は、旅順港を見下ろす絶景の場所にある。
日露戦争、最大の激戦地となったところだ。
1898年に帝政ロシアは清朝から東清鉄道の敷設権を獲得し、遼東半島の租借してからこの旅順に極東艦隊を配備したのだ。
その後、日本とロシアは、朝鮮半島と中国東北部(旧満州)の支配権を巡って衝突。日露戦争が勃発した。

日露戦争海戦後、ロシアのバルチック艦隊(司令長官:ロジェストウェンスキー)が極東方面に向け出航したため、到着までにここ旅順港を攻略する必要があった。
そのため、乃木希典将軍率いる帝国陸軍はこの「203高地」に総攻撃を開始したが、甚大な被害をこうむることになった。Img_0055

1904年11月26日に第3回旅順総攻撃が開始され、12月5日にようやく占領したも、この攻撃で、乃木希典将軍の次男も失うことになった。

また、「本日天気晴朗ナレ共浪高シ」の出撃命令で日本海海戦は、日本とロシアとの間で戦われた。
また、連合艦隊旗艦「三笠」(←今でも横須賀港にあります)へのZ旗を掲げた。「皇国ノ興廃、コノ一戦ニ在リ。各員一層奮励努力セヨ」という意味の信号旗だ。

このロシアバルチック艦隊に対し、日本連合艦隊(司令長官:東郷平八郎)は、バルチック艦隊に対し訓練豊富で優勢に立ち、作戦参謀:秋山真之の緻密な戦略と計算によって、二日間の激しい砲撃戦の末、ロシア艦隊38隻のうちウラジオストクに辿り着いたのは4隻という潰滅的な打撃を与え、見事勝利をおさめたのだ。

当時後進国と見られていた日本の勝利は世界を驚かせ、ポーツマス講和会議への道を開いたということ。

乃木将軍はこの戦争の終了後、この高地に散乱していた砲弾を集め、山頂に「爾霊山」と記した記念碑を建て戦死社を弔ったのだ。
今でも、山頂にはこの記念碑が残っている。。。Img_0049

歴史の舞台の真っ只中に立っている。凄い・・・。

                                                  

                                                       

                                                    

                                                   

                                                   

                                                                 旅順、最後の訪問地。 「水師営」へ

Img_0081 ここは、「203高地」の陥落を受け1905年1月1日に帝国ロシア軍、旅順総司令官ステッセル中将から降伏の申入れがあり、翌日に日本側がこれを受け入れ旅順での戦闘が終了した。
                                             

                                                    

                                                                そして、1月5日にここ「水師営」で乃木将軍とステッセル中将が会見を行った有名なところだ。Suisiei_kaiken

                                               

                                               

                                              

                                               

                                                               この民家は元々日本軍の野戦病院として使われていたそうだ。ロシア軍委員控室が当時会見が行われたところ。ここ会見室にある木のテーブルは当時のまま残っている。(手術台だったそう。)Ryojun032

「203高地」とここ「水師営」はずっと来たかったところ。

さあ、大連に戻ろう!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

満州へ No.1

中国:大連へ

8月22日(金)
今日は朝、4:00起床。。。

そうだ、また海外に出発する朝が来た。
5月にパキスタンから帰ったばかり(とは言え3ヶ月半が経っているが・・・。)であるのに、もう日本を飛び出したくなった。

どこか壊れているのか、頭がおかしいのか日本にじっとしていられない(-_-;)。

でも、今回は3日間だけの旅。。。

6:20に自宅を出る。
自動車で高速道路をひた走り、関西国際空港へ。

10:35 搭乗。 今回は、日本航空JL799便 大連行。中国東方航空MU8730便との濃ーd0シェア便だ。

今回、初めて日本航空で海外へ出国。 いままでは第3国(失礼!)の航空会社が多かったせいか、チョット拍子抜けと言うか、海外へ旅立つ感覚が薄い・・・。

しかし、突然思いついたようにチケットを取った割には、安かったかなぁっと思う(^^ゞ。

現地時間(CST)12:00ちょうどに、大連周水子国際空港に着陸。Img_0001

                                                 

                                              

                                               

                                              

                                                                  ここは、中国東北部(旧満州)の港町。 北方の香港と呼ばれている港町だ。
日本と違い、とても涼しく過ごしやすい。 夏バテ気味の身体にはちょうど良い気候だ。

とりあえず、バスで中山広場へ。大連市中心部の道路は全てここから放射状に延びている。大連賓館(旧ヤマトホテル)と中国銀行大連分行(旧横浜正金銀行 大連支店)が向き合っているのは何ともいえない景色だ。Img_0007 Img_0008

                                             

                                             

                                             

                                            

                                                                  再び、バスで郊外の海辺にある老虎灘(ラオフゥータン)に行って見ることにする。
ここまでくると、潮の香りがして気持ちいい。 水族館もあったが、入場する時間もないので、海岸をブラブラと散歩する。
中国の軍艦が係留してある。 聞くともう使われなくなった軍艦を見学用に係留してあるようだ。

Img_0013

                                             

                                             

                                                    

                                                                       

                                                             やゃ・・・。 その横で面白い遊びを発見!P1020619
対岸からワイヤーを通して、そこに滑車を付けてこちら岸まで滑ってくるようだ。
体重の重い大人は、途中で着水しながら滑ってくる。

わはは。みんなビショ濡れ。 やってみたいな~と思うが、余分な着替えもないので断念・・・。                                       

Img_0014

またまた、バスに乗車。 大連市中心部に戻る。
16:00 ホテルにチェックイン。
荷物を置いて、ホテルの近所を散歩する。
いつものごとき、スーパーマーケット(超市)を発見。 まずは、チェック。

Img_0012

おぉ~。 今まで欲しかった250V対応のA型プラグとC型プラグが併用できるマルチタップを発見。
16元(約16元×17円で272円)思わずGet!

これで、世界中で電化製品の使用が楽になるわ~♪と1人で満足。

他には、水(0.9元)と地元の黒ビール(2元)を買う。

さあ、今夜の夕食は、大連名物の海鮮料理だ。
いそいそと、『天天漁港』へ(大連市中山区人民路10号) うーん。ひらめのお刺身が美味しい♪

大連ビールも進み、2本も飲んでしまった・・・(^^ゞ

ここはお刺身になったひらめのアラをから揚げ風にして出してくれる。 これこそ、一度で二度美味しい~(^_^)v

お腹いっぱいになったところで、歩いて中山広場に戻る。

Img_0015

途中、百年城(太平洋百貨)周辺をブラブラ。スタバがあったのでコーヒーブレイク(HOTが15元)

中山広場に到着。 CITI BANKのライトアップは綺麗だ。 でも、大連賓館はライトアップされていない。残念。。。

ホテルに戻るとしよう。

明日は、旅順へ・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東京モスク

  東京モスク

東京モスクをご存知ですか?P1020578

代々木上原から程近いところにあります。
このモスクは、オスマントルコの装飾様式のモスクとなっており2000年6月30日に開堂致しました。

東京モスクと言っていますが、トルコ様式の外観からも判るように、正式には「東京ジャーミイ(Tokyo Camii)と言います。ジャーミイはトルコ語でモスクの意味になります。

                                                            

P1020579

                                              

ここの歴史をちょっとご紹介すると、1917年のロシア革命の際、ロシア在住のトルコ人が満州を経て日本の東京にたどり着いたとのこと。

1938年には、日本政府の援助の下に初代のイスラーム礼拝場、東京回教学院を建設したそうだ。
その後、東京回教学院は、老朽化が進み1984年に閉鎖、1986に取り壊された。
この跡地が、「ジャーミイ再建」を条件に、トルコ共和国に寄付されることになったのだ。P1020586

一方、トルコでは1997年に、「東京ジャーミイ建設基金」が設立され、トルコ全土から寄付金を集め、集まった寄付金だけでなく、現在の東京ジャーミイの建設資材で、水とセメントと鉄筋以外のものすべてを日本に送ったそうだ。
また、トルコ本土から100人近い建築や芸術職人が来日し、一年間ほどこのジャーミイの建築や装飾のために滞在したとのこと。

中は礼拝所なので静かに見学させてもらう。
やっぱり、色んな様式のモスクを見てきたが、トルコ様式は美しいと思う。

しばしの静寂の中、こころを鎮める…。

P1020589

| | コメント (0) | トラックバック (0)

羽田航空神社

羽田航空神社

羽田航空神社って知っていますか?
東京国際空港(羽田空港)の第一ターミナルにある神社のことです。

この神社は、昭和38年につくられたとのこと。
今は、第一ターミナルにありますが、「ビッグバード」になる前は、展望デッキにあったんですって。Haneda1

そこで、見てきました。

Haneda4

                            

                         

                          

                                              

                                                                 あまり人通りのないところの奥まったところにありました。
うーん。 なんか会議室のような感じデス。
(羽田空港さん、もうちょっと神社らしくならないですかね・・・。)

でも、中には、小さいながらもちゃんと祠がありました。Haneda3

話によると、ここに初詣に来る方もおられるとのコト。。。

Haneda2

                          

                           

                         

                         

                         

                          

                          

                                            

                                                                   せっかく来たので、いつも利用させてもらっている飛行機の安全を祈願して来ました。

皆さんも、羽田空港に行かれたときは、ちょっと立ち寄って見られたら如何でしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年5月 | トップページ | 2008年9月 »